庵屋堂


神津島には全国に在る霊場を模したお堂が存在します。
ここ、庵屋堂(あんやどう)には坂東霊場(東京・神奈川・埼玉・千葉・茨城・栃木・群馬)の石仏、石像が祀られている。
他にも、 観音浦の観音堂には西国三十三観音霊場(和歌山、奈良、大阪、京都、兵庫、滋賀、岐阜)があり、 秩父山の秩父堂には秩父三十四観音霊場があります。
庵屋堂、観音堂、秩父堂をお詣りすると、百観音巡、百ヶ所巡りができるということです。神津島に息づいてた信仰をお堂で感じてください。
お堂には人もおらす、特に決まったお詣りの仕方はないのですが、お詣りという事で、神様仏様に失礼の無いよう常識を逸さないよう気をつけましょう。
おばあちゃんに聞いたお詣りの仕方として、
・お銭米、お線香、駄菓子を持っていってお堂に供える
・花を供える。
・掃除をする。
・念仏を唱える。「南無阿弥陀仏」だけでもよい。 などで、
お堂を大切にする、信仰する気持ち、個人の想いが大切だという事です。
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パンフレット 神津島 百観音霊場 巡礼札所の旅 全国札所巡りは神津島で! 拡大画像(jpg) その1(新しいウィンドウ) その2(〃) |
![]() 【庵屋堂 全景】 |
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坂東三十三観音霊場 (通称 庵屋霊場)
この霊場は、先ず神奈川県鎌倉にある第一札所の「長谷寺」に始まって、東京・埼玉・千葉・茨城・栃木・群馬の一都六県にまたがる広大な区域に点在する霊場と、西国(字観音浦)、(秩父)の三霊場と合わせて全国百観音霊場が古くから神津島に建立されて、観音信仰の中心となっているものである。昔、西国霊場を巡拝するのに百五十日以上歩き続けたと記録されているが、この霊場を廻るのにはそれ以上の日数を費やしたものと考えられる。 お堂には、ご本尊の阿弥陀如来を祀り、お堂横の境内には正観音菩薩を中心に七観音を配し、両側にコの字型に並べられた三十三基の石像にご本尊名と札所番号が刻字されている。 ![]() ![]() ![]() その横にひときわ高い位置に「坂東三十三所巡礼場」と大きな碑が建てられ、その側面に安政五年九月(一八五八)と記されている。 ![]() この庵屋霊場には悲しい哀話が伝えられている。その昔石野田嘉ヱ門家(いしのだかえもん)の主婦が東北地方に出稼ぎに出た夫を慕うあまり、山中で自害して果てたのを不憫(ふびん)に思った夫が、坂東三十三霊場を巡拝してその冥福を祈った・天保三年に死去した後、その子供が莫大な労力と歳月を費やして約二十年後にこの霊場を完成させたものだという。なお、この敷地は石野田家の土地を提供したものである。 昔から各家々で法事を行った翌日、親戚縁者が中心となってここにお詣りし、念仏を唱え、お供えした温かい食事や茶菓を供養としてただきながら、死者の昔を偲び語らいを過ごすことが例となっている。 まさに観音信仰が今もって息づいている敬虔な霊場である。 平成十三年一月十日 神津島村教育委員会 |
【村内地図 案屋堂強化バージョン】


信号から神津沢沿いの都道を天上山に向かいます。

神津沢にかかる下流から4つ目の橋「千歳橋」あたりを左に入っていきます。(橋は渡りません)
「つばきや」の隣のすこし細い上り坂の道です。


短い坂の頂上あたりに着くと、駐車場の隅からお堂への道が分岐しています。


山道を500mほど歩きます。
途中分岐がありますが、案内板があるので迷う心配はないかと思います。
小さい沢を越え、壊れかけの橋で渡ったり、プチハイキングを楽しめるかと。、



到着!
